最近、また時間を取りづらくなってきて、フルートの情報収集があまりできていません。


ブログを読んだり、雑誌の記事を眺めたり、演奏を聴いたりといった、「インプット」の時間です。
改めて思い返してみると、以前はこの時間をよく作っていたと思います。

ブログを頻繁に更新しているときも、大抵は相応のインプット量をこなしていました。


アウトプットの先であるブログの更新が落ちてきているのは、インプットの量が下がっていることの証拠でもありそうです。

アウトプットするには、それなりのインプットが必要です。
練習をするのもある意味インプットでしょうし、レッスンもそうかもしれません。


日々、情報収集や知識の習得に気を払っていると、それらが自分の基盤として機能するようになってきます。

私は人にプログラミングを教えたりしていますが、やはり日頃から本を読んだり情報収集をし続けている人は、ある鍵を与えた時に、それまでに収集した知識と瞬間的に結びつけて新しい理解を得るようなことがあります。

いわゆる「一をを聞いて十を知る」というやつなのかもしれません。


この頃のレッスンは、最近のテーマが新しい楽器での「低音の克服」になっていることもあって、ほとんどそればかりに時間を取られていて、あまり進展がありません。


フルートとは関係のない話ですが、最近新しい分野の勉強を始めました。

ところが、まだあまり理解が追いついていません。

何を言っているのかよく分からない、という部分もあるくらいです。


何かを勉強し始めた直後は、こういうことが多いものです。

段々と消化してきて段階的に分かっていくものなのでしょうが、やり始めてからそこそこ時間が経つというのに、未だに腑に落ちるレベルの理解になっていないのです。

「言っている意味がよく分からない」ことを延々と聞かされ続けても、理解するのは難しいということです。

まず、「言っている意味が分かるようになる」ための脳を作らないといけないのです。


ここまでは以前からよく知っていることでした。

割と最近になって分かってきたのは、この「言っている意味が分かるようになる」ためには、とにかく一定量以上の情報収集と知識習得をこなす必要があるということです。


私はこれを、神経の受容体でイメージしました。

受容体が作られないと、与えられた情報を一切吸収できないのです。

それがどんなに素晴らしい教えや情報であっても、受ける側の準備が整っていないと、全く価値がないことになってしまうのです。


フルートの練習でも似たようなことが言えそうです。
さすがにレッスンで「言われていることの意味が分からない」ということはあまりありませんが、楽譜を見て訳が分からなくなったり、教則本で意図していることがよく分からないということは未だにあります。

先ほどの「一を聞いて十を知る」の意味では、レッスンはまさにこのことがそのまま当てはまりそうです。

先生がいかに素晴らしいヒントを出してくれても、受けるこちらの受容体が出来上がっていないと、ただの指摘レベルに終わってしまう訳ですね。


また、面白いのは他人のブログを読むときです。

これも、ある程度の知識がないと、何が書いてあるのかさっぱり分からないので、読みづらくて最後まで読めないということが多々あります。


フルート雑誌も毎号同じことの繰り返しのようにしか見えなかったので、半年近く買っていませんが、そろそろまた購読して読み流していくのも大事なことなのかもしれません。

ブログや雑誌で読んで知ったことが、どこかで何かを繋がる可能性は大いにあります。

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